比較広告資料館 弁理士 山口朔生
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比較広告はこうしてつぶせ!
 

オリックス生命の比較広告から

比較広告への圧力
アメリカの比較広告の争いの判決を読むと、比較広告は「消費者の利益」になる、という思想がその背景にあります。
ところが日本で比較広告に関する発言を読むと、そんな消費者側の発想は皆無です。それよりも「業界の横並び」だけが重要視されています。横並びが大切だから、消費者に分かりやすい比較広告によって一社だけが突出されては困るわけです。
今回、消費者の利益になりそうな比較広告を叩く方法、そのつぶし方、すなわち「業界の横並びを破壊する、消費者に分かりやすい比較広告はこうしてつぶせ!」の感心するような実例を体験することができました。

問題の比較広告は平成24年のオリックス生命の広告ですが、その後の金融庁の監査を終わって、その「つぶし方」がまったく根拠のない、比較広告の発展を妨害することだけのものだったことがはっきりしてきました。
比較広告が進化し洗練されることによって、消費者に質のよい情報が提供される時代の到来を願う私として、今回の「比較広告のつぶし方」の経過をご報告いたします。


オリックス生命の比較広告
まずオリックス生命の比較広告について説明しましょう。

平成24年7月に図のような全面広告を出しました。「ネット型保険」の他の2社との比較です。
A社、B社とありますが、これがネットの専業生保であるライフネット生命とネクスティア生命であることは、生保に関心のある人ならすぐにわかるそうです。
ホームページでも同様の比較広告を展開していますが、そこではA社、B社をクリックするとそこのホームページに飛べるようになっています。
この比較広告の一番のポイントは、素人には比較しようがない複雑極まる保険の情報を、1,000万円という数値に限定して整理してくれた、というところです。

週間ダイヤモンドの批判記事
この広告が出たのが7月2日、ところがその直後に出版された「週刊ダイヤモンド」には次のような記事が掲載されました。(著作権法第32条の「引用」)
http://diamond.jp/articles/-/21328


業界初"比較広告"当局も知らず

オリックス生命の仁義なき戦い

週刊ダイヤモンド編集部
【第684回】 2012年7月12日

「この広告が出ることを金融庁さえ知らされていなかった」──。
オリックス生命が先月25日、同社ウェブサイトや新聞広告で開始した生命保険業界初の比較広告が業界に波紋を広げている。
ネット専業生保2社との保険料の差を前面に押し出し、ネット広告上の「A社」「B社」の文字をライフネット生命とネクスティア生命のウェブサイトに直接リンクさせる手法に「社名を伏せた意味がない。やり過ぎだ」(ネット生保幹部)との恨み節も漏れる。
だが、それ以上に業界をあぜんとさせたのが、その"サブマリン"的な発表の経緯だ。
比較された両社だけならまだしも、監督官庁である金融庁でさえ、オリックス生命が広告を出すことを公に予告した22日になって知り、同社に問いただして初めて広告の中身を知らされたという。
無論、広告内容を事前に知らせる規則はない。だが、「われわれには金融庁と事前協議しないという発想が浮かばない」と国内生保幹部が言うように、「行儀の悪さが当局の不興を買った。今後、新商品などの認可に悪影響が出るはず」(業界関係者)との観測も流れる。
一方、オリックス生命には「事前に露呈すれば抵抗に遭う」(同社関係者)との思惑もあったようだ。
金融庁が、比較広告を事実上解禁したのは2005年。しかし、PR会社などが外資系生保などに比較広告を提案しても、その実現は皆無だった。背景には「保険料の差はサービスや商品性の違い」と主張し続ける大手国内生保の反発がある。
今回はネット生保にとどまった比較広告。「国内生保と比べられずホッとした」(国内生保幹部)という空気も漂う中、オリックス生命が仕掛けた"仁義なき戦い"の次の展開に注目だ。
(「週刊ダイヤモンド編集部 宮原啓彰)



悪者に仕立てる方法
この記事は、どう読んでもオリックス生命を悪者に仕立てるためのものとしか言えません。内容を見てみましょう。以下は記事の内容と私の独断的なコメントです。

記事 コメント
当局も知らず 記事でも認めているように広告内容を事前に当局に知らせる規則はないのに何が問題か?
仁義なき戦い 業界にどんな「仁義」が? 横並びの強制?
金融庁さえ知らされていなかった 知らせる必要がないのに何が問題か?
やり過ぎだとの恨み節も漏れる どこの誰が、どんな根拠で「恨み節」?
業界をあぜんとさせたのが、そのサブマリン的な発表の経緯だ。 業界に事前に知らせる必要はないのに、なぜ「あぜん」と?
監督官庁である金融庁さえ・・・同社に問いただして 「問いただす」とは、オリックス生命は犯罪の容疑者か?
われわれは金融庁と事前協議しないという発想が浮かばない。 なぜお役所の顔色を?
行儀の悪さが当局の不興を買った。 「行儀の悪さ」とは下品な表現だが、「当局の不興を買った」とは具体的には金融庁のどこの誰がどんな根拠でどんな発言を?
今後、新商品などの認可に悪影響がでるはず。 その後も問題なく新商品の認可を得ている(後述)のだが、それを「出るはず」と断定。

こうして分析してみると、この記事で事実といえるものはどこでしょう。出だしの「オリックス生命が・・・生命保険業界初の比較広告」と、「無論、広告内容を事前に知らせる規則はない。」の部分だけですね。
それ以外はすべて根拠を示さない、あるいは示せない伝聞の形を借りた一方的な業界の代弁に過ぎない記事なのです。ましてや「消費者の利益」なんていう視点はそのカケラも見当たりません。

では金融庁の反応は?
この記事がダイヤモンドに掲載されてから1年半後の平成25年にオリックス生命に対して金融庁の監査がありました。
その経過をオリックス生命の担当者が教えてくださいました。

例の比較広告に関する会話があったものの、取り立てて問題視した質問ではなかったですね。ましてやそれに関する何らの指導的な発言はなかったです。
その後にも数件の新商品を発売しているのですが、いずれも問題なく認可を受けていますよ。

としたら、この記事の出た当時、金融庁が「オレは聞いていなかった!」なんて発言はしていなかったのです。ですから、残念ながら、この比較広告で「金融庁の不興」も買っていなかったし、「認可に悪影響」なんか出なかった、のです。

とすれば、上記のダイヤモンドの記事はなんなのか?
業界団体から出版社に対し、オリックス生命へ圧力をかける依頼があった、それを受けて記者か業界の誰かが書いたあおり記事にすぎなかった、としか考えられません。

著名な雑誌が、発言者を正体不明の「業界関係者」としておいて、「当局も知らず」「仁義なき戦い」「業界をあぜんとさせた」「恨み節が漏れる」「行儀が悪い」「不興を買った」「認可に悪影響が出るはず」「憶測も流れる」といった、なんとでも書ける記事を平気で発表し、マスコミの力で一企業に圧力をかける、そして消費者に分かりやすく、業界の横並びを破壊してしまう比較広告をつぶす・・コワイですね。

反論記事を提案したが・・・
話が前後しますが、記事の半月後に私はこの記事を執筆した記者に宛てて提案書を送りました。
内容は、「貴誌の記事には問題があると思う。今後の比較広告の発展のために意見を述べたいので記事を書かせてください」というものでした。そしてアメリカの判例などを根拠にした記事の要約をA4 2枚にして添付しました。
ここでいう「問題」とは、繰り返すように、この記事には「消費者の利益」という本来不可欠の視点がまったく存在しない、ということです。

ですから提案書では、特に一般人が比較しにくい煩雑な情報を整然と整理して公正に比較してくれれば消費者の大きな利益につながる、それを評価すべきだ、ただし「A社」「B社」といった匿名では消費者の利益にならない、名称を出すべきだ、といった論点をアメリカの判例を引いて強調しました。

この提案の時点では私の無知というか、先方は一流の雑誌なのだから今回の記事も比較広告に対する見方の一つであり、他の見方も公平に扱うはず、と単純に考えていたのでした。
ところがいつまで待ってもなんら連絡がありません。そこで記者宛に2回電話をしたのですが、二度とも居留守(?)を使われ、伝言も無視されて折り返しの電話もありません。
そこでやっと気が付いたのです。
この雑誌にとって「消費者の利益」なんかどうでもよいのだ。それよりも広告主である業界の代弁者として、業界の横並びからはみ出すような消費者に分かりやすい比較広告、すなわち出る杭はあらゆる力で叩くこと、これがこの雑誌自体の方針、そしてバックについている広告主の方針なのだ、と。
だから賛否両方の見解を公平に載せる、なんていう発想はなかったのですね。


同業者からの妨害も
また前後しますが、この比較広告が出た直後に、ライバル会社からオリックス生命に対して、5頁にわたる「問題点の指摘」の書類が郵送されました。
オリックス生命の比較広告の記載を細かく分解して、それと金融庁の「監督指針」とを対比させたものです。
それを精読すると、やはり「消費者の利益」の視点なんカケラもありません。消費者に分かりやすい比較広告を公表して業界の秩序を乱すな、という発言ばかりです。

例えば、今回の比較は保険金額1,000万円の事例だけだが、しかし2,000万円ではB社の方が安くなるケースもある、というものです。
確かにそうなのでしょうが、そうするとでは3,000万では、4,000万では、・・・という結局は比較できない複雑なものになり、元の木阿弥になってしまいます。
複雑に並べて、結局は消費者には分からないものにせよ、と言っているのです。
しかしこの比較広告で出した1,000万円という数字は、いい加減に並べた数字ではなく、区切りがよくて加入者がもっとも多く選択する数字なのだそうです。
それに、もし2,000万円で比較したいのなら、今度はB社が分かりやすい比較広告を出せばいいじゃないか、と言いたいです。するともっと消費者の利益が増進します。

同業者からの書類の別の箇所ではこうも言っています。
コールセンターに「A社、B社の契約概要が欲しい」と連絡したところ断られたが、これは監督指針に反している。しかしもし契約概要を渡したら、A社の業務の代理認可を受けていなければ違法である、というものです。
これなんか、どこかでひっかけてやろう、というやり方がみえみえのやり方ですが、そんなことは情報を簡単に知って比較したい消費者には関係ないことです。

その他、重箱の隅をつつくような文句が並んでいますが、当然、同じ文書は金融庁へも提出したはずです。しかし前記したようにオリックス生命へのその後の監査の時には金融庁から、そんな指導は一切なかったのです。
だからこの文書も、なんとか困らせて「消費者に分かりやすい比較広告はつぶせ!」という業界団体の圧力を表したものとしか言えません。

これは保険業界に疎い私が感じているだけではありません。
例えば保険コンサルタントで著書も多い後田亨氏が、平成24年7月27日の「日本経済新聞電子版」で「保険を比べてほしくない業界の本音」として、オリックス生命の比較広告を詳しく説明しています。
そこでは結論として「いずれにしても消費者にとっては大半の保険が比べにくいのは事実です。理由は、保険会社の都合が大きいように感じます。」と述べておられます。

以上、オリックス生命の広告を通して知った、あからさまな比較広告のつぶし方、すなわち「消費者の利益」のつぶし方の具体例でした。